あの時俺は焔の中に落ちて行った筈だった。
宇理炎が身を焦がす感覚がまだうっすら残っている。


それなのに気が付くと俺は教会の中に立っていた。
「求導師様、どうしたんですか?」
心配そうに少女が俺の顔を見つめる。


求導師?


あぁ、そうだ。俺は求導師なんだ。
しかし何か足りないと頭の片隅でぼんやりと考える。
「いや、大丈夫ですよ。お祈りの途中でしたね」
そう言って俺はお祈りを始める。
村人たちは俺の言葉を繰り返し唱えた。
祈りが終わると村人は散り散りに帰って行く。
何名かは教会に残り世間話に勤しんでいた。


「宮田医院の院長夫妻、27年前に子供を亡くしてから一向に養子をとろうとしないけど
跡取りはどうするのかしらねぇ」
宮田と聞こえて俺は妙な感覚に襲われた。
俺はかつて宮田と呼ばれていた?
しかし俺は首を振って否定する。


何を馬鹿な。
俺は求導師だ。今も昔も。


「ねぇ、求導師様もそう思うでしょう?」
「そうですね。宮田医院はこの村になくてはならないものですから」
そう言うと頭がズキンと痛んだ。
本当に俺は求導師なのか?
どうしてこれほどまでに宮田という名前に反応するんだ?
俺が俯いて頭を痛めていると求導女である八尾比沙子が近付いてきた。
「私は求導師ですよね?」
俺は縋るような目で彼女に問い掛けた。


「儀式ができるのなら私にはどっちでもいいわ。」
そう微笑む八尾の目はおよそ人間とは思えない。


どっちでもいい…?
何のことを言ってるんだ?
「俺は…俺は…」
俺はある考えに行き着くと妙な違和感は消し飛んだ。


そうだ。俺は宮田司郎だ。


そして宮田司郎は死んだんだ。



じゃあこれはなんだ?誰かが見ている夢か?




一体誰が…





牧野…慶?







私はゆっくりと目を覚ました。
正確には目を覚ましたというより混濁した意識が少し自我を取り戻したと言うべきだろう。
今見たものは夢なのか幻覚なのか。
ただはっきりとわかるのは宮田さんが死んだということだ。
あの独特の彼自身の気配は一向に感じられない。
この世界から彼はいなくなってしまった。


宮田さんは安らかに逝けたのだろうか。
私のように死んでも尚、この世をさ迷ったりはしていないだろうか。



兄として、たった一人の肉親として彼を支えてあげなければならなかったのに…
私はそれを放棄した。
ただ自分の為に。
彼の母親が恐かった。
彼のいる世界が恐かった。



彼が、恐かった。



彼に殺されて身体は滅んでも意識は尚、留まり続ける。
永遠の後悔が繰り返され続ける。


それが私に与えられた罰。








宮田さ…ん…?



彼の気配がする。
気が付くと彼は私の傍に立っていた。
「無事に逝けたんですね」
私が呟くと彼は少し笑ったような表情を見せた。


よかった。


私の目から涙のようなものが伝う。
それはただの血かもしれない。
それでも私は泣くのをやめなかった。


「牧野さん」
彼はそういうと右手をゆっくり私に差し出した。
私はそれに応えようと死んだ肉体を必死に動かす。






あぁ…宮田さん。
私を一緒に連れていってくれるんですね。










その時青い閃光が二人を呑み込んだ。
次の瞬間、もうそこには誰も居なかった。


いや、初めから何もなかったのかもしれない。


ただ風だけが無造作にかけられたビニールシートを揺らしている。
この時が止まり続ける村の中で。