それまで宮田が兄と会ったのは一度きりだった。
先代の求導師の葬式の日、伏し目がちに目を反らした同じ顔を持つ他人...
それが兄である牧野慶だった。
黒い服を身に纏い、白い綺麗な手でマナ字架を握りしめる姿が眼に焼き付いている。
宮田はその姿を思い出す度に胸の痛みを感じていた。
憧れにも似た嫉妬心。


「司郎、あなたは神代家のため、教会の為に手を血に染めて生きる運命なのよ...あなたは悪い子だもの。
精一杯求導師様にお使えしなくちゃねえ?」


母親の言葉が頭で響く。
まだ十代とはいえ、宮田医院の跡取り息子である宮田はもう何度も罪深い行為をしてきた。
手はとっくに紅く染まり汚れてしまった。
それでも宮田は憎みながらも憧れ続けていた。
光の存在であるもうひとりの自分に。




あの日から10年、宮田は大学生になっていた。
母親に呼ばれ久しぶりに帰郷した村は、やはり居心地が悪かった。
宮田の足はいつの間にか家と反対方向に向いていた。
あの牢獄のような病院を拒むかのように。
気付くと教会の近くまで歩いて来てしまったようだ。
ふと庭先に目をやると黒い求導服が見えた。顔を見なくてもわかる。


兄だ...
宮田の心がざわつく。
牧野は懸命に何かを探している様子だった。
「牧野さん」
宮田は思わず声をかけていた。
牧野は名前を呼ばれ振り向いた。
「宮田さん...!」
牧野は驚いて思わず宮田の名を呼んだ。
少し戸惑っているように見える。
「何かをお探しですか?」
宮田は牧野とまともに話すのは今日が初めてだと気付いた。
「あ、その...マナ字架を落としてしまって...養父の形見なのに」
牧野は今にも泣きだしそうな声で答える。
よく見れば求導服が土や草で汚れている。
長い時間這いつくばって探していたのだろう。
「私も一緒に探しましょう。一人より二人の方が早く見つかるかもしれない」
宮田がそういうと牧野は軽く頭を下げて少し嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
柔らかい笑み、同じ顔なのにこうも違うのかと宮田は思った。
宮田には絶対にできない表情である。


「私はこの辺りを探しますね」
宮田はそう言って牧野から少し離れた場所にしゃがみこんだ。
しかし手を伸ばせば牧野に届く距離だ。


俯きながら探すふりをして宮田は思う。


兄に触れてみたい。


しかし今牧野に触れれば衝動で抱いてしまうのか殺してしまうのか、それすら自分でもわからないのだ。
兄は自分がこんな複雑な感情を抱いているのに気付いているのだろうか。

「宮田さん、すみません。こんなこと、手伝わせてしまって」
牧野は何度も宮田に申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、いいんです。気にせず探しましょう」
宮田はいつもの自分らしくもない優しげな言葉を牧野に投げ掛ける。
なぜか兄が側にいると調子が狂ってしまう。
宮田はそんな自分を自嘲気味に笑った。



しばらく地面を探したが牧野の落とし物はなかなか見当たらない。
宮田は立ち上がり改めて教会の庭を見渡した。
花壇には花が咲き乱れている。
牧野が大切に育てているのだろう。
よく見ると綺麗に赤く咲いた薔薇の花にマナ字架はひっかかっていた。
「こんなところに...」
宮田がマナ字架に手をかけると茨が指に食い込んだ。
しかし宮田は躊躇もしない。
「ありましたよ、牧野さん」
宮田は流れ出す血も気に止めることなく牧野にマナ字架を差し出した。
「怪我してるじゃないですか!宮田さん」
「このくらい平気です。それよりこれ、受け取って下さい」
しかし牧野は宮田の手を取り教会へ引っ張っていく。
「牧野さん?」
兄に手を握られ宮田の鼓動が高まる。
牧野はそのまま教会に入ると、宮田の手を洗い、教会の椅子に座らせた。
「医者を目指している人が自分の傷を放って置いては駄目じゃないですか」
そう言いながら牧野は宮田の手に絆創膏を巻いていく。
宮田はその様子を暫く見詰めていた。
汚れを知らない兄の手が汚れきった自分の手に触れている。
宮田は一瞬、禁忌を破ったような背徳感に襲われた。
しかしすぐに別の感情が宮田を支配した。


「もっとこの手に触れたい」
宮田はその感情を抑え切れなくなると牧野の手を取り何度も口付け始めた。
「み、宮田さん?」
親指から人差し指、中指と順番に唇で触れていく。
牧野は宮田の突然の行為に戸惑い、顔を赤らめた。
「何をして...あっ...」
宮田は自分と同じように刻まれた生命線に舌を這わす。
牧野は宮田から与えられる奇妙な快楽に少し声をあげた。
宮田はそのまま手首に強く口付けると牧野を抱き寄せた。
「は、離して下さい!からかってるんですか?」
牧野は耳まで赤くして声を荒げる。
しかし宮田は答えない。
突然、牧野の顔を引き寄せたかと思うと今度は唇を奪った。
「んっ!」
牧野の口をこじ開けて宮田の舌が入り込む。
牧野は思わず目を細めて息を漏らした。
「はぁ...っ...んぅ」
宮田に抵抗しようとしても身体を強く抱きしめられ身動きできない。
宮田の激しい口付けに牧野の口の端から唾液が零れ落ちる。
「ふぁ...あっ」
宮田は苦しそうに息をする牧野をやっと開放した。
牧野はぐったりとして宮田の肩に寄り掛かる。
力が入らないようだ。
「はぁ...はぁ...宮田...さん」
目に涙を溜めて自分に身を預けている兄を見ると宮田は更に理性を失う。
「牧野さん....」
宮田はそのまま牧野を教会の椅子に押し倒すと求導服の中に手を潜り込ませた。
牧野の身体がびくんと跳ねる。
「止めて下さい!宮田さん!」
牧野の呼び掛けも虚しく宮田の手はシャツの下の肌に触れてくる。
「嫌だっ!こんなこと間違ってます!兄弟でこんなっ....!」
「こんなことって何ですか?言って下さい、牧野さん」
牧野が言葉に詰まると宮田は意地悪そうに微笑んだ。
「大人しくしていれば手荒な真似はしませんよ」


宮田は求導服を捲くり上げ露になった牧野の白い肌を舌でなぞっていく。
「私とは左右対称にほくろがあるんですね。ほらここにもひとつ」
宮田は牧野の胸のところにあるほくろを舌で突く。
「やっ!宮田さ...っ」
牧野は初めて味わう快楽に身をよじった。
宮田の手は更に下へと伸びていく。
「ここ、固いな…感じてくれてるんですね」
「や!ちがっ...違います!」
牧野は否定するが身体は正直に反応する。
「こんなに物欲しそうにして...」
宮田は牧野自身を取出すとゆっくりと舌で愛撫を始めた。
「ひぁあっ!やだっ...!やめてくださっ...」
牧野は恥ずかしさのあまり、顔を両手で覆い隠して泣き出してしまった。
しかし宮田は一向に止めようとはしない。
更に激しく舌を使って牧野自身を攻め立てる。
「やあぁっ!なんで...こんな...ことっ...するんですか...」
牧野の啜り泣く声が教会に響く。
宮田自身にも何故こんなことをしようと思ったのかはわからない。
ただ、憧れと憎しみの対象だった兄を目の前にして欲望を抑え切れなくなってしまったのだ。
「牧野さんが欲しい...欲しくてたまらないから...」
宮田は呟く。
「え...?」
牧野は聞き返すが宮田は答えない。
教会に響くのはぴちゃぴちゃという水音と激しい息遣いだけだ。


更に宮田の手は下へと伸びる。
「そんなとこ....触らないで...っ」
しかし宮田はそのまま牧野の敏感なところに指を滑り込ませた。
「やめっ!」
牧野はその行為に抗ったが宮田の指は牧野の奥へと侵入し続ける。
「ここ...感じるでしょう?」
「あぁっ!」
宮田が中で軽く指を動かすと牧野は快楽に耐えられず大きな声で喘いだ。
「求導師様ともあろう人が神聖な教会で女みたいな喘ぎ声出して...いやらしいな」
宮田が嘲笑すると牧野は真っ赤になって涙をポロポロと零した。
「もう...やぁ...やめて...下さいっ...宮...田さん」
牧野は消え入りそうな声で最後の嘆願をする。
しかし宮田は欲望は更に大きくなっていた。
宮田は牧野の入口に自分自身を宛てがうと牧野に囁いた。
「あの日からずっとあなたが好きだった...そう、壊したいくらいに....」
「宮...田さん...」
もう抵抗する気力もない牧野は為すがまま宮田を受け入れるしかなかった。
宮田は一気に牧野を突き上げると牧野は突然の激痛にのけ反った。
「...っあぁ!!」
自分の中に他人がいる。
その恐怖と快楽に牧野は身体を震わせる。
「牧野さん...ここですか?」
宮田は牧野の中で自分自身を激しく動かした。
「はぁ...やぁあっ!」
宮田は更に牧野自身も弄ぶ。
「先がぬるぬるですね...もうイかせてほしいですか?」
牧野は喘ぎながらも懸命に頷く。
しかし宮田はその姿を見て意地悪そうに微笑むだけだ。
「ほら...声を出してお願いしないと」
自分自身をきつく握られ、たまらず牧野は宮田に縋り付いて答える。
「お願いです...早く...っ!も...おかしくなっ...ちゃう...っ」
宮田は兄を思うがままに抱いている、その征服感に酔いしれた。
いやらしく乱れた兄をこうして見ることができるのは自分だけだと。


「牧野さん...」
宮田は恍惚として牧野を見つめる。
その潤んだ瞳に今まで抑えていた欲望が一気に溢れ出した。
「あぁっ!宮田...さん」
牧野の中に温かいものが注がれる。
同時に牧野も宮田によって抑圧されていたものを放った。




「はぁ...はぁっ」
宮田はゆっくりと身を起こす。しかし牧野は荒く息をしたまま目を閉じて動かない。
「牧野さん、大丈夫ですか?」
宮田は牧野の頬を軽く叩いたが牧野は少し呻くだけだった。
「すいません。無理をさせてしまいましたね」
宮田はそう言って牧野の服の乱れを直してやると牧野の髪をゆっくりと撫でた。
「触らないで」
牧野はそう言いかけたが宮田のさっきとはまるで違った優しい態度に口をつぐむ。
「あなたが好きすぎて感情を抑えることができなかった...」
宮田は大人げなかったと言って溜息をつく。
その横で牧野はまだ宮田の余韻の残る身体を起こした。
「もう大丈夫ですから...」
宮田は弱々しく微笑んだ兄の手に再び触れたくなったがその感情を押し殺した。
「そうですか」
宮田は立ち上がると椅子の上に置かれていたマナ字架を牧野の首にかけた。
「牧野さん、落とし物はもうしない方がいい」
牧野は宮田と目が合わないように伏せたまま頭を下げた。
「宮田さん、お礼を言うのが遅れてしまいました...ありがとうございます」
宮田は黙って牧野に一礼すると教会の重いドアを押し開けた。
「では...」





宮田は絆創膏を巻かれた手を硬く握り締めると病院までの一歩を踏み出した。


兄への思いを心に残して。